原題:Den Skyldige
上映時間:88分
監督:グスタフ・モーラー
キャスト:ヤコブ・セーダーグレン イェシカ・ディナウエ ヨハン・オルセン オマール・シャガウィーなど
あらすじ
電話からの声と音だけで誘拐事件を解決するという、シンプルながらも予測不可能な展開で注目され、第34回サンダンス映画祭で観客賞を受賞するなど話題を呼んだデンマーク製の異色サスペンス。
過去のある事件をきっかけに警察官として一線を退いたアスガーは、いまは緊急通報指令室のオペレーターとして、交通事故の搬送を遠隔手配するなど、電話越しに小さな事件に応対する日々を送っている。
そんなある日、アスガーは、今まさに誘拐されているという女性からの通報を受ける。車の発進音や女性の声、そして犯人の息づかいなど、電話から聞こえるかすかな音だけを頼りに、アスガーは事件に対処しなければならず……。
引用元:https://eiga.com/movie/89275
2月24日 なんばパークスシネマにて鑑賞 [ 85/100点 ]
公開館がやや少ない本作「THE GUILTY ギルティ」。
音だけで誘拐犯を探すという特異なシチュエーション設定もあいまって、確かに大作感は微塵もないのですが・・・めっちゃ面白いよ!満足度高い理由も納得です。
画面もそれほど動かないし物理的なアクションはほっとんど無いのに、あまりの緊張感で88分の全編まったく目が離せない。ついでに耳も離せない。
この演出の妙もさることながら、期待のどんでん返しな大オチも用意されていて大満足でした。
未見の人には絶対ネタバレ厳禁な内容ですが、本記事ではネタバレ全開でこの映画「THE GUILTY」の魅力を語りたいと思います。
見た人同士でキャッキャウフフするのも、こういう映画の魅力ですからね。
繰り返しになりますが本記事は決定的なネタバレが含まれます。ご注意ください。
目次
ワンシチュエーションを飽きさせない絶妙な工夫
主人公の職業と秘められた謎
この映画はあらすじにあるような誘拐事件が突如として起こるわけではなく、序盤は平穏な仕事風景からのスタートでした。
風俗街にて強盗事件に遭遇したという通報では、緊急通報指令室にかかってくる電話で一般的なオペレーターには何がわかるのか(住所、基地局)、行動としてどのような選択肢があるのか(別地区の指令につなぐ、パトカーの手配)などをさり気なく織り込む始まりでした。
この映画におけるルールの説明が丁寧です。
しかも有り体に言ってしまうとこの強盗事件は、実にしょうもない内容にもかかわらず、音声だけで事件の詳細を探るという特殊ルールについワクワクしてしまう私でした。導入としてはかなり上出来ではないでしょうか。
そしてルール説明と同時に、今回の主人公であるアンガー・ホルムが何かしらの秘密を抱えていることも提示されます。
記者から唐突な私用電話があったり、なにか思いつめた表情でじーーっと水を眺めたり・・・。
「なにか良からぬことがある。なにか信用ならないが・・・決定的にはわからない。」
最期に至るまでヒントを小出しにしながらこの謎の引っ張るので、ひたすら目が離せない。メインとなる誘拐事件よりも、予告編やあらすじにはなかったこの主人公の謎こそが、いち観客としてずっと気になっていました。
こういった主人公周りの謎についてヒントとなるのが、同じ指令室にいるオペレーター仲間たちや電話先に数人出てくる知り合い達の反応だったりします。
例えばアンガーが苛立ちを隠せずに大声で怒鳴ったりした時に、じーーとサンドイッチを頬張りながら見ている同僚のおじさん。
このおじさんは不快感を表すこともなく、アンガーが失礼な態度をしたことを謝ると淡々とそれを受け入れます。
あるいは、アンガーの現場時代の相棒だったらしいラジートは、どう考えても無理なタイミングでの無茶な捜査に、聞き返すでもなくあっさり従います。
「どうやらアンガーという人は、仕事については信頼できる大人のようだ・・・何か問題は抱えているようだけど」
と、最低限の説明的にならない描写の積み重ねでアンガーの人となりを見せてくれます。
既に一定の期間、共に働いたり過ごした関係がしっかりと構築されている。その上で今回の映画の時間がスタートを切ったのだという、極めて綿密な舞台設定がなされています。
特殊なシチュエーションにもかかわらず、あっさりとお話に入っていけました。
つい聞き耳を立ててしまう音の演出
私事ですが最近みてきた映画がわりと轟音、爆音の似合う内容が多くて、聞き耳を立てたくなる映画というのは久々。
電話の向こうの音を固唾をのんで聞き入ってしまうこの体験は、映画館の上質な音響を最大限に活かした唯一無二なものです。
それなりに観客の入った映画館で観ていましたが、電話の音声パートになる度にしーんと静かになっていました。
聞き入ると同時にわずかに聞こえる雨音や、エンジン音などの背景、足との歩調や声の上ずり方などから、頭をフル回転で絵を想像してしまう。固唾をのむという表現を映画館で体験できたのは私個人としては初めてだったかもしれません。
このような電話のシーンのみならず、例えば序盤のウォーターサーバーやソーダの音へのこだわりも感じます。
普段周りにある生活音を上質な音響でクローズアップして聞かせる・・・と同時に、実はこの水の音だけにフォーカスしていたのはアンガーが周囲のことに気が回らず呆然としていたのだということが、同僚に話しかけられた瞬間に環境音が戻るときにわかります。
この当たりの音の演出を、徹底して「アンガー視点でどう聞こえるのか」について追求されているのも没入感の高い理由でしょうか。
心情と共に変化する部屋と照明
緊急通報指令室のオフィス内のみという舞台ながら、画面を飽きさせない工夫として大胆に背景を変化させていったのも本作の特徴です。
最初は我々が想像する通りのオペレータールームで、複数人が同室にいる明るいオフィス空間。
次には別室の、少し暗いオペレーター室。部屋にはたった1人、孤独な状態に陥ります。
途中から自ら窓のブラインドをおろして、周りの視線や助けなどは受け付けない真っ暗な自閉状態。
さらに主人公が追い詰められるとライトが壊れ、赤いランプのみが光るというダークさが際立ちます。怒り、焦り、恐怖などあからさまな負の感情の表出が部屋の環境を通して表現されるのです。
アンガーの内面を映す鏡のようにオペレータールームを変化させ、舞台転換が無い事件にもかかわらず、お話の展開にあわせて冒険しているような感覚になる。とても基本に忠実ながら映像作品として見やすい工夫がなされています。
観客を支配する主人公アンガー・ホルム
本作は構成上、主人公アンガー・ホルムがどんな秘密を抱えていようと、どれだけ私達が信用できなさそうだと感じたとしても、アンガーの電話番としての一挙手一投足に嫌でもライドして物語を見ていかなければなりません。
このアンガーという人が基本的には職務に忠実で、観ていても違和感なくスムースに仕事をしていきます。この点でストレスが無いというのがとても大きいです。
私達がイライラしたりすることがあるとすれば、あくまでも電話の向こうにいる通報相手や容疑者たちなので、アンガーに感情移入しやすい作りです。
しかもこのアンガーが苛立ち方に対しての反応の仕方が共感してしまう。
例えば何かの結果をひたすら待つしか無い時の手持ち無沙汰な指をトントンする動き。警官の捜査する様子をひたすら聞き入るしかないときは黙って聞き入る。
打つ手がなくなったらやはり黙って、キョロキョロと当たりを見ながら考えを巡らす。イラッとするタイミングでやってくるどうでもいい通報には、塩対応&即切りで突き放す。
あるあるな反応から、ちょっとスカッとする行動など、何かと見ている私達が気持ち良いと思う行動をしてくれるのです。
アンガーは対峙する物事にことごとく素直であるがゆえに、本作の重大なミスリードもうまく機能しているのではないでしょうか。
「こういう状況ならこう思うし、こう動くよね」ということを忠実にやる。
だからこそ招いてしまった重大な過失に、主人公アンガーと共に私達は戦慄しなければならない。
誘拐の被害者だと思っていたイーベンが赤ちゃんのオリバーにした行為を聞いた時に、心のどこかでアンガーの熱心な捜査を応援してしまっていたからこそ、まるで主人公と私達が共犯関係であったかのような錯覚にもなります。
しかし「THE GUILTY」は誘拐事件のミスリードがオチではありません。
さらに先の「主人公アンガーが私達の期待を裏切ること」こそにこの映画の本質があるように思います。
声、職業、性別・・・レッテルを貼ることの怖さ
本作の基本的なテーマは限られた情報で人を判断することの怖さにあります。
電話という極めて限定的な状況で、相手から提供される情報や推察のみで決断をくださねばならないアンガーですが、善かれと思っていた判断が途中からものの見事に外れていきます。
イーベンが女性だから、旦那のミケルが暴行の前歴があったから、子供から「お母さんを助けて」と言われたから・・・被害者だと信じ、あくまでも彼女のためにと逃げるお膳立てをしたものの期待とは全く逆方向に。
「レンガで殴れ」と指示をしてしまった後、自分のコントロール下ではないどこか遠くの白いバンで、お膳立てした最悪の事態が勝手に進行していってしまうこの喪失感たるや・・・。
映画の流れ上、アンガーはイーベンのことを信じざるを得なかった。その分、判断が間違っていた時の失望も大きいのですが、この関係はアンガーと我々観客にも当てはまります。
アンガーがイーベンの自殺を止めるべく、自ら同僚のいるオペレーター室で自身の犯した罪について語る場面。
ここに至るまでに正当防衛うんぬんの話なのは何となく匂わせていましたが、真実は「殺さなくてもいい若者をわざと殺した」という、劇中のどの登場人物よりも罪深い行為でした。
もちろんアンガーの真面目な仕事ぶりを目の当たりにしてきたので、「若者をわざと殺した」という行為に至るまで、何かしら彼なりに追い詰められて、止まれなかった事情はあったのかもしれません。
この映画ではそこまでの説明は有りません。観客に対して「他人を判断する」ことの難しさを突きつけて、にも関わらずその先を想像させるのみです。
アンガーという人のアクション、リアクション、内面の描写、複数の他人から見た時の彼の姿やにじみ出る評価。
これだけの多大な情報で描写されたはずの人物ですら、隠されたたった一つの事実を見抜くには十分ではないのです。
まとめ:希望を提示したラスト
これだけ厳しい事実を突きつけながらも、いくつかの希望も提示しているのが本作の清々しく見終えることのできる要因です。
一つは、登場人物の殆どが「善かれと思って」動いていたということでしょうか。
歯車こそ噛み合いませんでしたが、アンガーの罪以外は、実は「誰かを助けたい」というその一心で動いていたという事実が残ります。これは仕事の範囲を越えて熱心に捜査したアンガー自身も含まれます。
もう一つは、やはりアンガー自身がようやく罪と向き合って前に進みだしたラストで締めくくられることでしょうか。
最後の最後で全く映し出されることのなかったオフィスの外、しかも明るく光るドアの向こうに消えていきます。ここは前述の内面描写をし続けた背景の延長にあるからこそ活きる場面です。
このラストで電話した相手が誰なのかは、やはり私達の想像に託されます。出ていった妻なのか、相棒なのか、はたまた・・・判断はできかねますね。
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